血液とその第三の解剖学的元素-著者前書①

在るべき姿以外に何もなく
 -ガリレオ・ガリレイ
何も創られず、何も失われず
 -アントワーヌ・ラボアジエ
死の犠牲など存在しない、万物は命の獲物である
 -著者

 現代天文学創始者を紡ぐ歴史家曰く、現在から遡ること3000年前、哲学者クレアントゥスは、地球の自転を支持し、太陽が宇宙における不動の中心だと発言した罪により、アリスタルコスを神への冒涜だと追及したとのことだ。更に2000年後、人類の理性は膠着したまま、クレアントゥスの望みが実現した。コペルニクスやアリスタルコスと同様、同じ真実に辿り着いたガリレオが冒涜と不敬の罪で告発されたのだ。誰もが畏怖する法廷が彼の書物を咎め、下された撤回の命を彼の良心は拒んだ。

この事件に関する歴史家の見解は以下の通りである。「ガリレオ自身の名よりも、民衆の良心が、真実への不寛容に対する嫌悪感を一斉に発揮したことがこれ程際立つ事件もなかろう。神話の如く誇張される悲劇は、ガリレオの仇を討ち、彼を苦悩せしめた真理の勝利を刻印した。彼の者への断罪という一大事は、理性の力を否定する高慢な者達を永久に苛立たせることだろう。そして秋霜烈日が、その不都合な記憶を、自身を惑わす永久の責苦として刻むことだろう。

ガリレオが苦悩した「不都合な記憶を刻む秋霜烈日な裁判」は、著者も属するアカデミーの学者や学識経験者のものであることは言うまでもない。そう。不寛容とは憎悪と嫌悪であり、ガリレオの状況は一際陰惨なものであった。彼は教会に連行され、口述された棄教を大声で唱えることを強要された。「私、ガリレオは、齢70にして、貴方方の猊下の前に膝を着き、私の手で触れた聖なる福音書を前に、地球の運動に関する誤りと異端を棄て、呪い、憎みます。」人間の良心に対するこの残忍な暴力に勝る残酷な拷問はない。それを犯した者がイエス・キリストの司祭となれば、これは権力の最大の濫用であり、高慢の極致である。

聖務聖省の神学者に天文学者のガリレオを裁く資格はないはずだが、門外漢にも関わらず持論と異なる意見を聖典に反するとして棄却し、当時の教皇は「神自身の口から口述されたのだ。」と封殺した。実際問題、彼らは何を知っていたのだろうか?確かなことは、厳然たる実験結果を手元に”人間の理性が如何に長く同じ地点に留まるか”を観察し続けるのは苦痛だということだ。ガリレオの断罪から適切に教訓を得られたか、未だ理性を否定し続ける者へ秋霜烈日を貫く3世紀後の裁判が、真理の勝利へ無償の献身をする者を擁護し得るか、端的に、他者の発見の価値を権威的に判断する者達が、排他的ではなく、或いは少なくとも公平であり、見知らぬ見解へ衝動的に発言せず、事実の検証もせず否定に駆り立てられないか否か、それは興味深いことである。そしてこの教訓が活かされていないのであれば、責任の所在は”人間の理性”であるべきか。即ち、馬鹿げた論理展開以上に、情念と個人的利害によって頻繁に歪曲する推論の濫りな行使が、私的道徳を超えて大衆を混乱に至らしめるか、そんな検討は取るに足らないことである。

 密接に融合した化学と生理学に関心が集まり、今や閉鎖的な19世紀後半を扇動した議論の顛末は、人間の本質がクレアントゥスの時世から成長しておらず、民衆の信念を変え、偏見を取り去るような、疑いない事実に基づく新理論を考案した不幸な者を攻撃・侮辱する者達が常に待ち構えていることを明示するには最適である。

 遂に学識ある公衆へ贈る血液に関する本作は、1854年以来弛めることなく探求してきた発酵素、発酵、自然発生、アルブミノイド物質、生物、生理学、一般病理学に関する研究の集大成である。同時期の純粋化学の研究にも幾分か関与する為、四方八方、時に予想もせぬ方面から容赦なく襲い来る批判の困難に曝されてきた。

 極めて繊細な問題を解決するべく、生理学・化学・解剖学的分析の新手法を構築する必要があった。1857年以降、この研究は緻密な研究設計の下、とある目的を志向していた。即ち、生物体と生命に関する新たな教義の発表である。これが生物の微小発酵体理論に結実し、更に血液の第三の解剖学的元素の発見によって血液の本質の解明に繋がり、自然凝固と呼称される現象の、少なくとも合理的な、自然な説明が可能となった。化学における物質のラボアジエ理論に相当する生物学理論であり、未知の分類種の生物の発見に基づく微小発酵体理論は、まさにその生物の存在自体の否定という攻撃に遭ってきた。こうした状況を踏まえ、生物の微小発酵体理論が化学のラボアジエ理論に相当する頑健な基盤を生物学に提供するという宣言が軽率だとされるならば、私はこの軽率を犯し、果てまで軽率を貫き、そしてより過激さを増し、より人工的に変遷する流行の意見と闘争することを選ぼう。

微小発酵体の実在を否定する最も厚顔な人物が以下の記述をしている。
可能ならば、新事実と、同系列にある過去の事実との連関を指摘することは常に有益である。ある発見を、その起源から最新の発展まで追跡できることほど、心を満たすものはない 。

大いに結構、素晴らしい。而してこの著者はこの賢明な教訓への背反に細心の注意を払った。我々はここで起源に遡ることにしよう。

ガリレオの時世から2世紀後の人類は、物質に関して未だアリストテレスの仮説の支配下にあり、ここに錬金術的な変成仮説や、スターヒリオンのフロギストン仮説が加勢した。物質自身が生物に変化し、動植物の如く意思を宿すものと甘受されていた。生命の自然発生説が遍く受容されていたのだ。

シャルル・ボネCharles Bonnet 自身が、物質の最高級の変化は組織化にあると述べている。しかし、この学識ある自然学、哲学者は、自然発生説への反論にカプセル化仮説、偏在する予存の芽胞仮説pre-existing germsを提唱した 。後者の説は、ロンドン王立協会会員の自然発生論者であるニーダムNeedham の実験に対する反証としてスパランツァーニSpallanzani が考案したものである。一方、ニーダムを支持するビュフォンBuffonが(ボネの芽胞構想よりも)偏在性に劣る有機分子仮説 を提唱した。曰く、この有機分子とは「生の物質」である通常の物質と区別され、動植物の成長を説明し、生命の自然発生説の補完となるものである。

 発酵現象と発酵素は至極単純に解釈されていた。1772年、マッケルMacquer が、生物から抽出された動植物質は、水、瞬間的な微量の空気との接触、熱量の揃った特定の条件下で自然変性を起こし、発酵し、発酵素を産生しつつ腐敗を起こすものと提唱した。

その原理の下、水は大地に、大地はポプラに、筋肉が液体になり血液を産むものとされた。

この問題に関するラボアジエ登場以前の科学は、端的にこのような状況であった。ラボアジエ理論では単体以外の物質は存在しない。それは重く、意図して破壊できず、物体間の多様な結合の変移や状態変化、同素体変化にも関わらず常に同じ姿を呈する。その現象の説明には錬金術的変成もフロギストンの概念も必要ない。

この理論では、物質は鉱物に過ぎず、単体は本質的に鉱物である。生きた物質も動物質も存在せず、本質的に有機的な物質などない。ラボアジエの時代から長年月、化学者が有機物と呼ぶ物質は、炭素・水素・酸素・窒素、時に硫黄・リン・鉄等が結合し、常に炭素を骨格に持ち、それらの様々な比率による無数の組み合わせに過ぎず、従って現代化学における有機物とは、炭素と上述の単体との多様な結合物に過ぎない。

事実、ラボアジエは、水が大地に、大地が植物に変化などしないと証明し、更に植物は空気を栄養源とするとまで主張し、後に確認された。遂には、動物の生存に必須の栄養素を植物が合成していると証明したことで、動物は植物を栄養源にするとまで主張したのだ。呼吸に至っても、有触れた酸化現象に過ぎなかった。動植物質は炭素・水素・酸素の結合物に過ぎず、動物にはここに窒素が加わる。ここで、これらの物質の腐敗と発酵に関するラボアジエの思考を簡単に振り返ると、非常に興味深い。

彼は、葡萄果汁や林檎果汁が発酵によりワインやサイダーに変化すると心得ており、以下の式を書き残した。

葡萄=(もろみ)=炭酸+アルコール

これを証明するべく、彼が植物性酸化物と呼ぶ砂糖と、水、発酵素の実験を行った。以下はその実験記録である。

砂糖の発酵には、まず水溶媒にその約1/4量を溶解させる必要がある。しかし、如何なる調合であろうとも、水と砂糖は単独では発酵せず、単体間の結合の平衡状態は、何等かの手段により破壊しない限り維持される。

この平衡を崩し、発酵現象に初動を与え、完了まで持続させるには、少量の酵母があれば十分である。ワイン発酵により砂糖は二分され、一方は他方を犠牲に酸化されて炭酸を生み、酸素を奪われた他方は前者の為にアルコールを生成し、従ってここでアルコールと炭酸を再結合できれば、砂糖が再構成されるだろう。

以上より、ラボアジエが、醪の式を以下の式に修正した可能性は明白である。

砂糖=炭酸+アルコール

ラボアジエは酵母と発酵素の一般的機能を説明する機会を窺っていたが、その機会は頓挫した。しかし、1788年出版の「化学要論」にて、酵母は四元系窒化物であること、発酵後はその窒素量が減少し、アルコールに加えて微量の酢酸が生成されることを立証していることが分かる。また、蒸留後に、砂糖の約4%に相当する固定残渣を発見した。この発見の重要性は後述する。

その後のラボアジエが、動植物質の腐敗発酵現象を、物質(単体)の構成成分間にある”極めて複雑な親和性による作用”とし、この作用で平衡状態が崩壊し、別の化合物への再構成が生じると説明したことは予想の範疇であろう。

1802年に31歳の若さでこの世を去ったビシャBichatは、ラボアジエの研究に強い衝撃を受けていた。単純元素から成る純粋化合物の生物論を許容できなかったのだ。その後、生命体における唯一の活性部位は組織の集合体となる諸器官にあると考え、化学が純物質を化学元素へ分割する如く、組織を21種の基本的な解剖学的元素に区分した。これが、ラボアジエ理論が生理学的解剖学に及ぼした最初の影響である。そして1806年Philosophie Chimique第3版でフールクロワFourcroyが以下の言葉を残した。
生きた植物の組織、植生器官だけが、実験的に抽出可能な物質の創造が可能であり、植物が秘める有機的機械で調製される組成物は、如何なる芸術の小道具であろうと模倣できはしない。

何と素晴らしく斬新な表現だろう!新理論に結集した化学者フールクロワは、ビシャと同様に医師であった。

ビシャが、ラボアジエ物質理論から新たな生理学原理を導き出したことを念頭に置くべきである。ガリレオが”在るべき姿以外に何もない There is nothing but what ought to be”という形而上学的原理を打ち立てた如く、デュマDumasは、ラボアジエ論文の発酵の章から以下の重要な原理の着想を得た。

何も創られず、何も失われず Nothing is created; Nothing is lost

ここまで、19世紀初頭の化学と生理学の関係性、発酵問題の状況を拙速に描写してきたが、次に、その後の半世紀初頭、例えば1856年頃の状況を見ていこう。

直接分析法が洗練されるに連れ、化学者は動植物質から酸性・塩基性・中性、その他多様な機能を有する非錯体化合物を数多く分離し、これら非錯体化合物は、動植物質の近成分、三元系/四元系窒化物の分類の下、より正確に区分された。

窒化近成分は更に、卵白・血清アルブミン、牛乳のカゼニウム(後のカゼイン)、血液・筋肉のフィブリン、骨のゼラチン、小麦のグルテン、植物の搾り汁のアルブミンなどが、可溶性・不溶性・非結晶性の性質で分類された。次第に、これらの物質の組成と、ある共通の特性が、卵白アルブミンに類似することからアルブミノイド物質という分類が登場した。ラボアジエはこのアルブミノイド物質を窒化した動物質程度にしか考えていなかった。

現在、グルテンや、ビール酵母と同じく四元系窒化物の植物性アルブミンが発見され、これがワイン発酵における発酵素だと認められた。この汎化により、典型的なアルブミノイドであるアルブミンもまた発酵素だと見做された。一方、三元系近成分(甘蔗糖、ブドウ糖、乳糖、その他糖類、アミロース質、イヌリン、ガム、マンニット等)が発酵性物質と呼ばれた。

この問題は1836年頃、カニャール・ド・ラ・トゥールCagniard de Latourが、ビール酵母とその発酵中における増殖の研究を再開した際、酵母は有機的生命体であり、砂糖のアルコールと炭酸への分解はその植生影響だと捉えたことに始まる。

これはビシャに匹敵する独創的な構想であった。その所以は、ビール酵母を有機的生命体と捉えたことでも、発酵過程の増殖能を植生影響と捉えたことでもない。植生の作用による砂糖の発酵、畢竟、生理学的作用と認めたことにある。これは全くの新たな視点であった。ビール酵母は当時唯一単離された発酵体であったが、アルブミノイド物質の不溶性沈殿物との認識が改められ、以降、生物だと見做されたのだ!ラボアジエ以来、砂糖を構成する単体の平衡を攪乱するリアジンとされてきた酵母の概念が改められたのだ。

また、植物学者ターパンTurpinが、カニャールの云う植生影響を解釈し、酵母の小球は滋養の為に砂糖を分解する細胞だと述べた。デュマはこれを更に発展させ、発酵体である酵母は摂食をする動物の如き振舞いをし、自身の生命の秩序維持の為、動物同様、砂糖以外にも窒化アルブミノイド物質を必要とすると主張した。

ドイツでは、シュワンSchwannがカニャールの見解の支持を表明し、更に概念を拡張した。曰く、「如何なる動植物質も自力で変性はせず、全ての発酵現象は生きた発酵体の存在を前提とする。」この裏付けに、スパランツァーニ実験を改良し、インフソリアや発酵体の空中芽胞起源の証明を試みた。シュワンの実験は他の科学者にも追試された。

しかし、カニャールの構想、並びにターパンやデュマによる解釈も優勢ではなかった。混合物の変性の過程でインフソリアや黴が確認されることは否定されずとも、それが発酵の媒体であることは否定された。
「あくまでも発酵は自発的現象であり、物質の変性は自然発生、或いは空中芽胞による有機的生成物の産物の証拠だと判断された。」
ジアスターゼとシナプターゼが発見され、可溶性で酵母と同じ四元系窒化物である事実が、酵母が有機的生命体だという構想の否定と解釈された。現在これらの物質は、水溶液中の特定の発酵性物質を変化させる稀少な力を有するリアジンとされ、物質の変化が発酵現象、リアジンが発酵体と呼ばれている。察しの通り、発酵体が発酵現象に作用するのは酵母が有機的生命体である故ではなかった。

こうして、発酵現象と生化学は、カニャールとシュワンの教義に反する学説が完全に優勢となり、議論は1788年に回帰することとなった。ビシャの教義は忘れ去られ、マッケル条件の下では、動植物質のみならず、そこから抽出された近成分は、甘蔗糖含め、水溶液中で自然変性することが公認となった。ラボアジエは、これら近成分は水溶液中で不変だと発言していたにも関わらず、である。つまり、シュワンが蘇らせた空中芽胞仮説は完全に忘却されたのである。

19世紀後半の人類の精神が、ガリレオや異端審問官の時代から膠着状態であることを納得させるに、前述の歴史のその後を綴る以上に適したものはなかろう 。ここで記述する基礎実験の成果により、カニャールの酵母理論が棄却された1857年末時点における発酵の生化学の様相が一変した。

1854年、甘蔗糖溶液は自然変性により転化糖となるものと認められた。変性後に溶液の偏光面が右旋から左旋となった為である。生成された糖はブドウ糖と命名され、この現象が転化と呼ばれた。

先行研究を参照する傍ら、私は事実の検証を決意し、1854年5月、密閉したフラスコを常温で微量の空気と接触させ、拡散光の下で純粋な甘蔗糖の水溶液を放置した。数カ月後、純粋蒸留水の砂糖液が部分的に転化していることを発見した。1855年初頭、公認の事実の再検証として観察結果を発表したが、同時に、転化溶液にカビが発生した事実にも言及した。最も多様な物質の水溶液でのカビの出現は珍しい現象ではなく、当時の科学の状況、シュワンの実験に矛盾する主張が交差する中、私は事実以外何も発言しないことにしていた。私はただ、塩化カルシウムや塩化亜鉛を添加した溶液では転化もカビの出現も観測されなかったことを指摘した。この差異の理論を模索するべく、1855年から1857年12月まで様々な実験を繰り返した。

全て互いに整合性が取れている実験の中から2つの実験を選ぼう。問題を単純な表現に還元することで、導き出した結論の正当性に疑いの余地が消失する為である。

最初の結論は以下の通り:蒸留水に溶解させた甘蔗糖溶液を、煮沸処理後に完全に密閉した花瓶の中に保存した場合、永久に不変なままである。

第二の結論は、同じ溶液を、煮沸の有無に関わらず、密閉容器内で接触空気量を制限して放置すると、大方は菌糸化した無色のカビが出現し、経時的に溶液は完全に転化する。また、溶液のリトマス紙が赤く、つまり酸性になる。密閉容器内に残存した空気が転化に無関係だと証明する為、事前に少量の石炭クレオソートか昇汞を添加すると、溶液は酸性化せず、カビも出現せず、糖液の不変性も確認できる 。

以上より、観察された現象は、必然的にカビが原因であったことになる。しかし、菌糸化したカビは真の微視的な植物であり、故に有機的生命体である。このカビが窒化されている事実、また、クレオソート処理された糖液に(成長したカビを)投入すると、発生段階の場合以上に転化が急速に進行することを証明した。一方でこのカビは不溶性である為、転化の原理は如何なるものか疑問を抱いた。私は、ジアスターゼ様の成分と、生成される酸に起因すると考えた。しかしその後、カビ自身が内包する可溶性発酵素の分泌が主たる原因だと証明した。そしてこの可溶性発酵素、並びに結果としてのアルブミノイド物質の存在は、窒化したカビを苛性カリ(水酸化カリウム)で加熱すると大量のアンモニアを放出する理由を説明するものであった。

しかし、窒化したカビが甘蔗糖から生じることはあり得なかった。甘蔗糖に窒素が含有されないのは証明済みである。この砂糖の他にも、蒸留水、ガラスの鉱物質以外の物質は存在せず、密閉したフラスコ内に残存する空気中以外に窒素は存在しない。そして、(少量のクレオソートや昇汞の作用により)これらの物質が互いに結合し、合成によってカビの組成分を生成し得ないことは、実験それ自体が証明している。以上より、組織的生成物の誕生を説明し得るのは、古より伝わる芽胞仮説の他にはなく、その起源と性質の発見に至るまで私に休む暇を与えなかった。

苦心の末に、実験環境下で「空気で運搬された芽胞は、糖液中に成長に適した培地を見出す」ことを確認した 。その新生物が自身の成長過程で目前の物質を利用することで、窒化物/非窒化物の合成に作用するのである。

私の実験環境下ではガラスを除く鉱物質は存在せず、組織的生成物の収穫量は必然的に微量となり、転化、及びそれに続く変化は極めて遅くなる。

ある種の塩やクレオソートを添加すると、培地の殺菌、或いは直接的な芽胞への作用により芽胞の成長が妨害され、転化が阻害される。

しかし、特定の純粋ミネラル塩、更にはヒ素酸には、(組織的生成物の)収穫量を増加させ、転化と、付随する発酵現象を著しく加速させる効果があるが、これは反応時間を延長させれば、先述の酸の正体が酢酸であること、ある場合には乳酸と、また全ての例でアルコールが生じる為である。しかし、この最後の生成量を決定するには、カビを数年間作用させる必要があった。こうして私は、1857年に実施した研究が真の発酵現象であり、その発現にアルブミノイド物質は必要ではない所か、これらの物質から生成されるものだと立証することができたのである。

その単純さにおいて、この実験は生理化学にとって、ガリレオがピサの大聖堂の祭壇の前にランプを長紐で吊して緩やかに振動し始めた様子を観測した実験と同類である。振り子が常に一定の拍を打ち、振動の持続時間が振幅と無関係だと振動数から読み取り、そしてホイヘンスは振り子の振動の法則を落下法則との関連で発見した。先のガリレオの実験から生まれる結果は有益ではなかったが、いつの日かホイヘンスのような天才が登場して実験を拡張し、その果実を実らせるに違いない。一方、1857年以降、実験の継続中に推論できたことを以下に列挙する。1857年の回顧録の主要かつ本質的な事実は以下の通りである。

(1) 近成分である甘蔗糖溶液は、事前にクレオソートによる防腐処理をすると、微量の空気との接触下であろうと自然変性を起こすことはない。
(2)甘蔗糖溶液に微量の空気を接触させると、カビの発生に応じて糖が変性し、転化が生じる。
(3)事前にクレオソート処理した溶液では、カビは発生せず糖も変性しない。
(4)微量の空気との接触下で糖液にカビが発生した事実は、空中芽胞仮説を証明するものであり、他の既存仮説では説明不可能である。

糖液を事前にクレオソート処理していようと、発達したカビは甘蔗糖を転化させる。つまり、クレオソートはカビの発生を妨害するが、発生後の作用は阻害しない。カビの不溶性はカビ自身の組織性に起因し、転化への作用はジアスターゼ様の物質、つまり可溶性発酵素によるものである。甘蔗糖の非-自発的な変性、及び酸とアルコール生成という現象全体が、カビと発酵素による発酵現象であることを証明している 。

そして、これらの事実を更に慎重に検証した結果、従来の認識に反して発酵体の誕生にアルブミノイド物質は不要であり、また、可溶性発酵素はアルブミノイド物質の変性産物でもなく、カビがアルブミノイド物質と可溶性発酵素を、自身の発生段階における生理学的機能と周囲の栄養により同時に生成していることが判明した。以上より導き出されることは、可溶性発酵素は生成物と生産者の関係性により不溶物と繋がり、必然的に不溶性である有形の発酵体の存在なしに可溶性発酵素は存在しえない。

そして、可溶性発酵素と窒化アルブミノイド物質は、フラスコ内に残存する微量の空気からのみ窒素を吸収して生成される為、空気中の遊離窒素が、長らく論争の的であった植物による窒化物質の合成に直接関与していることも同時に証明された。

以来、カビの組成分の合成、発酵素の合成は、必然的にカビ組織内への挿入成長により生じることが明白となった為、発酵生成物の全てもその場で生成され、甘蔗糖の転化における可溶性発酵素と同様にその場で分泌されるのは必然である。故に私は、「発酵」と呼ばれる現象がその実、栄養同化、栄養異化、異化生成物の排泄だと確信するに至ったのである。

この見解が、カニャールやシュワンの構想、厳密にはターパンや、特にデュマの構想に合致するのは疑いない。しかし、リービッヒLiebig 派を中心とする反対論者とは完全に見解が相違し、或る者は、酵母は生物ではなく分解中の窒化物であるとし、或る者は、酵母は富栄養環境で外的接触作用?(extralyic contact)なる超自然的な原因の作用により活動し、白金による過酸化水素水の分解と同様に砂糖を分解するとしている。

 従って我々は、カビで証明された事実が、ビール酵母や、ワインの澱の発酵体にも該当すること、つまり、これら発酵体の細胞が、クレオソートの添加という同じ条件下で、あらゆる物質変化の現象が生じる前に甘蔗糖を転化させることを証明せねばならない。実際的に、酵母は、カビと同じく糖を転化させる可溶性発酵素を内包していると分かる。

しかし、カニャール・シュワン構想への反対論者による反論は常に同じである。クレオソートが甘蔗糖の変性を妨害するなら、アルブミノイド物質との混合物は同じ条件ではなく、つまり、糖液と酵母の混合物中で甘蔗糖が転化するならば、アルブミノイド物質であるビール酵母が(クレオソートに関係なく)変性を続けているからだと。

私は、可溶性/不溶性アルブミノイド物質も含めた全ての近成分は、高度な錯体であろうと甘蔗糖と同条件下で不変であり、組織的生成物は何も出現しないことの証明で以て回答した。甘蔗糖が存在しながら、これら近成分の中に転化させる可溶性発酵素が存在しない場合は、クレオソートが二倍量の発酵体の反応を妨害しない為である。

同時代に実施されたこの事実に関する2つの実験に私は大きな衝撃を受けた。第一は乳液milkに関連するものである。デュマ以外の化学者は、乳液を純粋な近成分の混合物となる乳化剤emulsionだと考えていた。さて、前世紀(18世紀)のマッケルの発言の通り、乳液は血液と同様、抽出後の自然変性により凝固すると認識されている。これが、クレオソート処理した近成分の混合物は不変という事実を検証する機会に繋がった。そこで、牛乳を搾乳後にクレオソート処理し、煮沸したクレオソート水で洗浄した容器に入れて3つに分類した。一つは微量の空気と接触させて放置、二つ目は完全に空気と接触させずに放置、三つ目は炭酸ガスの暴露で空気を排泄させた。驚くべきことに、牛乳が変性し、クレオソート処理のない場合とほぼ同様の早さで酸敗して凝固した。そして最も驚いたことは、完全に凝固した直後に、凝固物のあらゆる場所にバクテリアが繁殖していたことである。

第二は、化学者が発酵の実験で炭酸カルシウムの代用とするチョークに関する実験であり、私もまた培地を中性に保つ用途で使用していた。さて、ある日、芋澱粉粉に酸化防止の為にチョークを添加して4~45℃(華氏104~113度)のオーブンに入れて放置した。以前と同じ粘度の澱粉粉が得られるはずだったが、意に反して液状化していたのだ。「空中の芽胞だ」と私は呟いた。沸騰させた澱粉粉をクレオソート処理し、同じチョークを添加して実験を繰り返した。またも液状化した!更に驚いたことに、実験を繰り返す中で、チョークを人工的な純粋炭酸カルシウムに代えた所、クレオソート処理した澱粉粉は今度は液状化せず、私はこれをこの状態で10年間保管した。

この2つの実験は、その単純性において、カビによる砂糖の転化と同類の基本的な実験であったが、それ以上に私を困惑させるものであった。これをモンペリエの学術学界(societies of Montpellier)(1863)に提出し、デュマに書簡で伝えたのは(デュマは出版すべきだと考えたようだ)、別の研究と実験条件の変化・統制後のことであり、書簡の中で私は、石灰質の土と乳液には「既に成長した生物living beings already developed」が存在していると記した。

ここで更に3つの実験を紹介する。基本に劣らず、初め三点を検証するものである:

(1). 空中芽胞起源のカビによる甘蔗糖の発酵で、糖液中に酢酸の生成を確認したが、ビール酵母の発酵で酢酸の生成が確認されないのは何故か?実際には、酢酸と同種の酸が極微量に同時に生成されていることを証明する。

(2). ビール酵母はカビと同様に甘蔗糖を転化させるが、そこで私は、ビール酵母が生成する可溶性発酵素の分離を試みた。ビール酵母は必要な分を容易に入手可能である。私が如何にして直接その分離を行ったか述べよう。ビール酵母を純化し、洗浄して乾燥させたものを、適量の甘蔗糖の粉末で処理した。2つの混合物は液状化し、糖が完全に溶解した為、液状化した生成物をフィルターで濾過する。この操作が十分量で実施される場合、何等かの発酵の兆候が生じる前に澄んだ液体が豊富に流出する。濾過された液体をアルコールで処理すると、(発芽大麦を浸透させるとジアスターゼが沈殿するように)多くの白色沈殿物が得られ、この内の水溶性の部分が目的の可溶性発酵素である。疑問の余地なく、この可溶性発酵素は酵母細胞の含有物の一部である。初めはこれをザイマスzymasと呼び、後にザイトザイマスzythozymasに改名した。

(3). 生物である酵母細胞は不溶性で生命的な抵抗力を持ち、内部で分解されたものだけがその存在から排出されるはずである。実際の所、純粋酵母を蒸留水で丹念に洗浄すると、初めは何も残らず、微量のザイトザイマスとリン酸が得られるのみである。しかし、次期に大量に生成される時間が訪れ、その後徐々に減少し、凡そ92%が喪失するまで、水分で外皮を膨張させながら形態を維持している。

この観察は、ショサットChossat の有名な飢餓状態の犬の実験を酵母に実施したものだと示唆された。酵母を純水に浸すことは、酵母から栄養を奪うことを意味し、強制的に飢餓状態に追い込めば自滅することになる。純粋酵母をクレオソート添加蒸留水に浸し、空気との接触を完全に断てば、長期間に渡り純粋な炭酸を放出しつつアルコールや酢酸などを生成し、そして同時に、砂糖に富んだ環境下では生成しない化合物を生成する。そして膨大な量を長期間放出し、外皮を保ちつつ、内容物をほぼ完全に枯渇させた後、甘蔗糖を最後まで転化させる。こうして私は、酵母はクレオソート処理されようと、乳液と同様に自然変性を起こすことを証明したのである。

乳液と酵母の自然変性の観察から、乳液も酵母も近成分の混合物ではなく、自発的変性の起因となる生きた組織的媒体を当初より内包しており、また結果として、チョークが芋澱粉粉を液状化するのは、必要な可溶性発酵素を生成する媒体を内包する為であるという疑いない証明に思われた。

酵母による甘蔗糖の発酵現象がザイマスによる糖の消化活動であり、細胞による消化した(転化した)糖の吸収であり、細胞内での糖の分解が同化と、それに続く異化と排泄という複合的な現象の結果であるという完全な証明をもたらしたのが酵母の飢餓実験であった。人間と同様、異化生成物である尿素などは、人間の体内に由来し、一部は尿中で再結合する。

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