静脈切開の瞬間における血中フィブリンと分子状粒子の状態/微小発酵体を除去したフィブリン/血液性微小発酵体分子状粒子
フィブリンが特殊なアルブミノイド物質および微小発酵体が渾然一体を為し、従って近成分でないことを証明した実験は、然してデュマの提起する問題を解決するものではない。即ち、斯様な形態で構成される物質が血液中で如何なる条件で存在するのかである。また、斯様な物質が血液中に予め存在しているのか、出血後に生じる化学的変化の結果であるかも解決していない。
本章で到達する結論で問題を解決したのは初の試みではなかった。即ち、血液が事実として微小発酵体分子状粒子の状態でフィブリンを含有するか、そこで微小発酵体と特殊なアルブミノイド物質が極めて特殊な解剖学的元素として密接に関連しているか、である。
この問題解決は、前二章で扱った観察結果、並びに私が未だ記述していない観察結果を理解せずして説明はできない。1869年時点の見解、第一は血液中にフィブリンが予存する、第二は血管から排出後の血液中に生成される、この二点を考察しよう。フィブリンの予存に関して二つの意見があった。方やヒューソン、ミルン・エドワード、デュマの見解であり、フィブリンは血液中に微細な分子状に極端な分裂状態として存在し、出血後の結合により通常のフィブリンを形成する。他方、これもまたヒューソンとデュマの見解だが、フィブリンは溶液状態ないし準溶液状態として存在する。ベルナールは、血液にはアルブミノイド-フィブリン性の液体が含まれ、この液体は体内でのみ維持され、出血時にフィブリンの形態となるという見解に賛同した。